「あー、波が高いぜ」

 船頭がそう言うと船が大きく揺れた。と同時に、がっちりと着込んでいるシーサーペントの鱗で仕立てた鎧が”なぜか”脱げ落ちてしまう。しかしそれを慌てもせずに着なおしてから、散乱したバックパックを開きなおして整理を始める。

 こんなことは船で旅をしていればごく当たり前の光景だ。高波が来れば、エレメンタルの魔法さえ跳ね返す鎧も脱げてしまうし、どんなにきれいに並べていてもバックパックは放り出され閉じてしまう。

 不思議な出来事と言えば確かにそうなのだけれど、この世界”ブリタニア”にやってきたことと比べれば些細なことだった。

「あー、ブリテインであっしがであった女の話をしましたっけ?貧弱な身体と貧相な装備で酒場の前に立って呆けていたんですぜ。なに、つまらん話でさ」

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 船頭は時折、聞いてもいないのに大きな声で独り言を言う。

「確かにつまらない話ね。だってこの世界ではありふれた、いや、ありふれていた光景だもの」

 私は返事を返しながらようやくバックパックを片付け終わった。

「ヒヒーン、ブルルルルン」

「どうしたの?お腹が空いたのかな?ちょっと機嫌が悪いわね」

 ともに旅をしている私の騎士(ナイト)は白馬に乗った王子様、ではなく黒い馬だ。つぶらな瞳と長いたてがみが水面からの反射光でキラキラと輝いている。どうやら不機嫌そうなその黒い馬、一般的には魔物の仲間として恐れられていたり嫌われていたりする種であるナイトメアと出会ったのはいつ頃のことか。もうはるか昔の事だ。

 初めてのじゃれあいは、ナイトメアからの挨拶からだったように記憶している。当時はまだ未熟だった私へ、目の覚めるようなフレイムストライクを撃ちこんでくれたっけ。しかし”彼”は、その時熱心に繰り返した私の呼びかけに応えてくれた。私はこの子にマキャビティと言う名をつけ、今はこうやって一緒に旅をしているのだ。

 かつては一緒に旅をしていた真っ白で知性的なドラゴン、ホワイト・ウィルムのグリドルボーンは厩舎で留守番をしている。もしかしたらそのことが寂しいのかもしれない。

「船頭さん、船を止めてちょうだい。休憩にするわ」

「アイアイサー」

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 船は進むのをやめ、穏やかな波に揺られながらしばしの休息を取る。私は持って来た生肉を一切れ取り分け、マキャビティへ放り投げた。彼はむさぼりつきながら満足げな表情を見せる。私もリンゴをかじりながら先ほど釣り上げたばかりの小魚を丸呑みした。ゴクリと飲み込んだ瞬間目の前がキラキラと輝いて、なんだか賢くなったように感じるのは気のせいだろうか。

「さてと、海賊探しはいったん中断して漁をしようかしらね。サボってばかりじゃいつまでも配達が進められないわ」

 いつの間にかうつってしまったのか、船頭のように独り言を言ってからエビやカニを捕るための罠籠を船の周りに仕掛ける。そしていつも手にしている愛用の釣竿を振って糸を垂れた。

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 どのくらいこうしていただろうか。辺りが暗くなり夜になってしまった。こう暗くなってしまっては釣り針に餌をつける手もおぼつかない。今日の釣果もまあまあだったし、ここらで切り上げることにしよう。

 さてどうしたものか。来た航路を引き返してジェロームへ戻ろうかしら。いやいや、そうするとまたバックパックが散乱してしまう。ついさっき整理を終えたばかりだし、今はあの時の荷物に加えて釣り上げた魚まで持っているのだ。

 私は何枚か持ち歩いている海図をぱらぱらとめくり一枚を取り出した。それは海水がはねて変色している個所が目立つ、古めかしい羊皮紙で出来た地図だ。私はもう一度確認してからその海図を船頭へ渡しいつものように命じる。

「ピンを立ててるところへ向かって。目指すはシーマーケットよ」

 桟橋を並べただけの簡素な町。いや町とは言えない規模の浮港だが、船を塗りなおすにはそこへ行かなければならない。

「大分塗装が剥げてきちゃったしね。今度は何色で塗ろうかしら。それに、にんにくもそろそろ交換時ね」

 数えきれないほどの海賊を捕らえて得た報酬として手に入れたこの船には、魔除けとしてにんにくがぶら下げてある。なんの魔除けかはわからないし効果も怪しいものだが、まあ雰囲気づくりには一役買っているのだろう。

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 それほど長くない航海を経て何事もなくシーマケットへついた私は、船大工へ整備を頼んでから真っ先に魚商人のもとへ向かった。随分前に依頼されたまま放っておいた、ムーングロウからシーマーケットへの配達を終わらせるためだ。

「遅くなったけど依頼の品届けたわよ。確認してちょうだい」

「おお、ごくろうさん。じゃあ今回の報酬だ、受け取れ」

「ええ?また餌なの?たまにはもっといいものちょうだいよ。白い巻物とかあるでしょ?」

「はっはっは、いくら夜だからって寝言を言っちゃいけねえな。いい報酬が欲しけりゃもっと数をこなして頑張るこった。途中で投げ出したらダメだぜ?」

 ちょっとふざけたつもりが痛いところをつかれてしまった。頑張りが足りないのはわかっていたが、こうやってはっきり言われると気持ちが沈んでしまう。

「ちぇ、わかったわよ。やればいいんでしょ、やれば。行こうマキャビティ」

 マキャビティが隣で大きないななきをしてからついてくる。

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「よう船長、船の整備終わってるぜ。色はご希望通り黒くしといたから確認しとくれ。新品のにんにくはサービスだ」

「ありがとう。これで気分よく航海に出られるわ」

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 追加でチップを渡し、気分を良くして船へ乗り込んだ。新たな配達依頼はブリテインまでだったが、その前にムーングロウへ行って買い物をしよう。たまには宿屋へ泊って、真水で汗を流してからベッドに横になりたいしね。

「あなたもたまには干し草の上で眠りたいでしょう?というわけで船頭さん、次はムーングロウへ向かってね」

「アイアイサー」

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 船の整備が終わることには夜が明けており、朝日に照らされてキラキラと光る海面が眩しい。これだ、この景色を見るために私は船に乗り続けているのだ。マキャビティのたてがみをなでながら、私は朝日が昇っていく方角を見つめていた。

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 すると唐突に船頭が叫んだ。

「あー、バッカーニアズ・デンであっしがであった女の話をしましたっけ?その女、あっしを海賊にしようと近づいてきたんですぜ。なに、つまらん話でさ」

 本当につまらない話。そうね、例えるなら、毎日同じような日々が過ぎていくこのブリタニアでの生活と同じくらい、退屈でつまらない、そして最高の平凡な日常を表しているような、そんなつまらない話だわ。

「ヒヒーン」

 まるで同意するようにマキャビティがいなないたが、その声は大海原に消えていった。



◇◇◇  ◇◇◇  ◇◇◇  ◇◇◇  ◇◇◇  ◇◇◇  ◇◇◇  ◇◇◇ 



あとがき

これは短編、というかショートショートってくらいの短いお話ですね。
Neonの分身のひとり、テイマーであるJellicle (ジェリクル) の日常を切り抜いた平凡で珍しくもないお話です。
あれこれ考えていたら文章量の割に写真が多すぎました。。。
まあ絵本みたいなものだと思ってください><

作中は特別な冒険や戦いはなく、ペットと船頭、それにシーマーケットの魚商人に船大工が登場しています。
実際の彼らは流暢な言葉を離すことはありませんが、きっとこんな風なやり取りが行われているんじゃないかなっていつも想像してます。

かつてJellicleがよく連れていたのはWWやルンビでした。
その相棒としてメアの乗って一緒に狩りへ行ってたんですが、ペット訓練によってそれぞれが単独行動することになったんですね。
なのでちょっとだけメアが寂しがっているような描写を入れてみました。
でも実際には、厩舎にいる間はみんな一緒だから寂しがったりはしないかもしれないな、なんて思ってみたり。。

その厩舎の中ですが、そこにはもうすっかり出番の少なくなったペットがいたりしますよね。
でもたまに用もなく厩舎から出して餌をあげてまた戻したり、そんなことしてる方があたし以外にもいるんじゃないでしょうか。
だって、こんなに長く続いている世界ですから、きっと冒険譚だけではない様々な平凡物語があるんだろうなぁって思うんです。
そしてあたしはそんなブリタニアが大好きです。

※飛鳥のLibraryCafe様へ寄稿しているものへ加筆修正をしています。