プロローグ
何年ぶりだろう、ここを訪れるのは。
彼女は私の事を覚えているだろうか。
そんな心配をしながら、私はとある店の前に立っていた。
ほんの少しだけ勇気を出して扉を押してしまえばあとはどうとでもなるだろう。
しかし…私はためらっていた。
あの時、あの出来事を彼女は許してくれているだろうか。
私はそれだけが心配で店内へ入る勇気が持てなかったのだ。
ほんの少しの好奇心でやってしまった事…今でも私の心に負い目を残し続けている。
独り言
ムーングロウ、この街は魔法の探究者が集まることで知られ、そのための学校まであるくらいだ。
そして魔法にはつきものである秘薬の研究も盛んな土地でもあり、秘薬を購入するには最適な街でもあった。
当時錬金術を学んでいた私は、この街を拠点に修行していたのだった。
毎日のように秘薬を買い集め、錬金術という学問を最高位まで修めることに情熱を燃やす。
そんな日々を送ってた時期に彼女とは知り合った。
研究者か学者風でちょっとカッコいい『アルケミスト』と言う名の職業は、実のところ毎日毎日が単調作業の繰り返しだ。
乳鉢で秘薬をすりつぶし、それを良く絞って小瓶に移す。
無心で繰り返していると、いつの間にか鞄の中が小瓶で一杯になってしまうので、それを今度は樽に移していくだけ…
なんで作りながら直接樽に入れないのかって?
「そんなこと私も知らないわよ」
回想にふけっていたはずの私は、思い返した記憶の理不尽さに思わず声を出してしまった。
それと同時に慌てて建物の角を曲がり息をひそめた。
「いらっしゃいませー」
優しそうな声と共に扉が開く。
隠れるのがもう少し遅かったら出くわしてしまっただろう、彼女と!
顔は見えなかったがあの声は間違いなくベリーの声だった。
もう何年顔を合わせていないのだろう。
それすらわからないくらい長い間なのは間違いない。
あの時からずっと避けてきた街……
どうしても外せない用事のためにムーングロウへ訪れることがあっても、決してこの店の前に近寄ることはしなかった。
いや、できなかったのだ。
いったん開いた扉がもう一度閉じるとき、彼女の声がもう一度聞こえた。
最初と同じように優しい声で「おかしいなあ」と言っていたが、ううん、おかしくはないのよ。
私は今度こそ声に出さず、心の中で呟いたのだった。
ふたりの見習い
私はいつものように生垣とにらめっこしながら、乳鉢を抱えて無心で秘薬をすりつぶしていた。
足元には破裂しそうなくらいに膨らんだ秘薬袋を置いたままだ。
「まったく…来る日も来る日も同じことの繰り返し
いつまでこんなことをすればいいのかしら
ホント嫌になっちゃうわね」
思わず口から出た言葉は本音だった。
なんでこんな道を選んでしまったのか、きっかけは何だったのか、今となってはもうわからない。
秘薬の中には記憶を忘れさせてしまうものでも混ざっているのだろうか。
単調な日々ではあるけれど、幸い生活に困ることは無かった。
秘薬を買い集めてポーションを作り、それを売ってまた秘薬を買う。
そうするだけでわずかな小銭が手元に残り、宿と暖かなスープの代金を支払うことが出来たのだ。
ただ、あの宿屋は動物の匂いが部屋まで漂ってくるのがたまにきずだが。
私がそんなことを考えながら乳鉢に夢中になっていると、すぐ横から突然声がした。
強盗や置き引きかもしれない、と、私はとっさに身構える。
「そうよね、毎日同じことの繰り返し、ホント嫌になっちゃうわ。
何度繰り返せば一人前になれるのかわからないのに、ひたすら続けなきゃならないんだもの」
いつの間に隣に現れたのだろう。
随分なれなれしく話しかけてきたが、もしかしてどこかで会ったことがあるのだろうか。
きょとんとしている私に構わず彼女は話を続ける。
「毎日のように生地をこねて、作らせてもらえるものと言ったらマフィンだけ!
私だってケーキやパイを焼いてみたいのよ?
しかも足りなくなったら蜂蜜を買いに行かせるくせに!
ホント嫌になっちゃうわ」
「そ、そうね。
嫌になっちゃうわよね。
でもこれを乗り越えられないと一人前になれないし…」
「まあそれは真理ね。
でも一人前ってなに?
一人前のパン屋になる前に店の中はマフィンで溢れかえっちゃうわよ?
どうせならケーキに埋もれてしまいたいわ」
ケーキに埋もれたら体中がべたべたになってしまうに違いない。
私はあまりいいこととは思えなかったが、彼女の勢いに圧倒されて知らず知らずのうちに頷いていた。
「やっぱりわかってくれると思ったわ!
私はベリー、その先にあるパン屋で修業中なの。
よろしくね」
そう言って彼女、ベリーは生垣の北西を指さしながら笑った。
「あたしはシェルリと言うの。
錬金術の修行中、よ、よろしく」
「なんだか気が合いそうね。
あなたの事シェルリって呼んでいいかしら?
私の事はベリーって呼び捨てにしていいから」
「え?ええ、構わないわ、ベリー。
ひとつ聞きたいことがあるんだけど、あたしたち初対面よね?
それともどこかでお会いしたことがあるかしら」
ベリーがあまりに馴れ馴れしいので、やはり覚えていないだけで顔見知りなのか、自分の記憶力を疑ってしまいそうになる。
するとベリーは首を横に振った。
「ううん、見かけたことはあるけど初対面で間違いはないわね。
シェルリってさ、毎朝同じ時間に秘薬を買いに行って、同じ時間にこの生垣のところに来るじゃない?
私はだいたい同じ時間に銀行へ朝食用のパンを届けているのよ。
いつもうつむいてさ、恐い顔して乳鉢とにらめっこしてるなぁって眺めてたわ」
「確かにうつむいていることが多かったかもしれないわね。
でもあたしそんなに怖い顔してたかしら…」
「あはは、冗談よ。
うつむいているんだから、表情はおろかどんな顔かもわからないわね。
今のは私の勝手な想像よ。
気を悪くしたのならごめんなさい。
でもね、私は生地をこねてるときの顔が怖いって、いつも父さんに言われるのよ。
だからきっとシェルリも同じような表情で秘薬をすりつぶしてるんじゃないかなってね」
ベリーは、普段からおしゃべりなのか、気分が高揚しているのかわからないが、とにかくよくしゃべる。
これではのどが渇いて仕方ないだろう。
私はバッグの中から水を入れた小瓶を取りだし彼女へ差し出した。
「水だけど良かったら飲んで。
ベリーが話しているのを聞いているだけでのどが渇いてくるわ」
「あら、ありがとう。
よく私がのどが渇きやすいってわかったわね。
錬金術ってそう言うこともわかるようになるわけ?」
「そんなわけないわ。
あたしだったらそんなにしゃべったらのどが渇くだろうなって思っただけよ」
ちょっと失礼な物言いだったかもしれないが、おそらく彼女へなら本音を言っても問題ないように感じた。
その勘は当たっていたようで、彼女は大きな声で笑い出した。
「あははは、そうよね。
母さんからはあんたは口から産まれたとか、食いしん坊だから生地をこねながら小麦粉をつまみ食いしてるからのどが渇くんだ、とか言われるもの。
でも銀行のお得意さんたちからは『ベリーが来ると銀行の中がにぎやかで明るくなるよ』なんて褒められるのよ?
それにあの真面目なライキュームの学者だって、私が配達に行くと急に笑顔で饒舌になるんだから。
だからおしゃべりなのも悪い事ばかりじゃないってこと、あははは。
はーおかしい、お水貰うわね」
確かにベリーには、周囲を明るくするような朗らかさや快活さがあるように思える。
それは私が一生かかっても真似のできないものだった。
手渡した水の小瓶をあっという間に空にした彼女は、自分のバッグを漁り始めた。
そこからなにか丸いものを取りだし私へ差し出す。
「これ食べてよ。
でもね、これはお礼じゃないわ。
いい?シェルリ?あなたののどもからっからにしちゃうんだから。
実はね、あたしが父さんのいない間に勝手に焼いたパンよ。
これがまた傑作でさ、まあいいから食べてみてよ」
ベリーはそう言っていたずらっ子のように笑う。
「う、うん。
じゃあ…ちょっと怖いけどいただいてみるわ」
「ちぎらずにガブッと噛みつくのがムーングロウ流よ。
おっと、下品だなんて言わないで?
この街の人たちは忙しい人が多いから、お昼になってもテーブルに料理を広げてゆっくり昼食をとることなんてなかなかできないの。
でもパンをかじれるくらいならまだマシなほう。
魔法使いの偉い人たちなんて、朝も昼も食べないで大昔の書物を読みふけってることだってあるんだってさ。
ねえ、お水まだあるかしら?」
「まだまだあるわよ。
遠慮しないで飲んでちょうだい」
バッグから小瓶をまた取り出し彼女へ手渡す。
すぐさま二本目に口をつけ一口二口飲んだベリーは、これでもっと話せると意気込んでいるように見える。
代わりに、私は差し出されたパンを受け取った。
昨日焼いたというそのパンは、彼女の大げさな物言いとは裏腹に見た目はごく普通に見える。
あえて言うなら小ぶりでずっしりとしている気がするくらいか。
「パン、いただくわね。
特に変わった物ではないようだけど?」
そう言いながら私はパンにかじりついた、ムーングロウ流に従って。
その直後、私は言ったばかりの感想を覆すことになったのだった。
「なんだか変わった食感ね。
それに…本当にのどが渇きそう」
「そうでしょ!
特別な生地を使ったとか、焼き方に工夫したとか、そういうことは何もしてないの。
私はただごく普通のパンを焼いたつもりだったのに、なぜか口の中が乾いてしょうがないパンが出来上がったってわけ。
そりゃ最初から父さんみたいにうまくは焼けないと思ったわ。
でもこんな変わったパンになるなんて夢にも思わなかった。
料理には作り手の性格が出るなんてよく言うけれど、焼き上がったパンが私に似てしゃべりださなかったのが不幸中の幸いね」
ベリーの言っていることのほとんどは支離滅裂で面白い。
口数の多さにも驚くが、それよりもまくしたてるような早口ではなく、ごく一般的な速度なのにただただ言葉の量が多い。
今まで出会ってきた人たちの中で、間違いなく一番口が達者だろう。
こうして私とベリーはあっという間に仲良くなった。
相変わらず毎日乳鉢と格闘している私の前を、ベリーは銀行をはじめとするお得意様へ配達に行く。
その際彼女は、こっそりと焼いたパンやマフィンを差し入れてくれた。
始めて食べた時と変わらないその味と食感は、夜に宿屋へ戻りスープと一緒に食べるのにはちょうど良い。
その個性的なパンとは打って変わって、マフィンはとても上品で優しい味がした。
そのお返しと言ってはなんだけど、私はベリーに疲労回復用のポーションを渡すこともあった。
ベリーは『これで色がこんなに真っ赤じゃなかったらいいのにね』といつも笑いながら飲み干し、また配達へ向かうのだった。
幸せな将来
数か月がたったある日、いつものように私の前を通り過ぎようとするベリーの様子が少しおかしい。
心なしか元気がなく、足取りが重いように見えたのだ。
「おはよう、ベリー。
どうかしたの?元気がないようだけど」
「ねえ聞いてくれる?
私ね、もうすぐお嫁に行かなきゃならないの。
相手はさ、父さんの知り合いなんだけど、ヴェスパーでパン屋をやっているご主人の息子さん。
ところでヴェスパーといったら蜂蜜でしょ?
うちで使ってる蜂蜜ももちろんヴェスパー産でね、いつも私が買いに行かされてたわけ。
その帰りには、ついでだからといつもパン屋へ寄るよう言われていたのよ。
パンなんてうちには売るほどあるんだから、よそのパン屋へ行く用事なんてあるはずないのにさ。
思い返せばそれってお見合いみたいなものだったってことになるんだわ」
「ちょっとまってまって。
要約すると、結婚してヴェスパーへ引っ越すってことよね?
確かに生まれ育ったムーングロウを離れるのは寂しいかもしれないけど、結婚自体はおめでたい事じゃないの?」
「話はそんな単純じゃないわ。
いい?シェルリ?
第一に私はパン職人としてまだまだ半人前だし、早く一人前になりたくて修行をしてきたわ。
パンは相変わらずおかしなものが出来てしまうけど、最近はケーキミックスやクッキーだって上手に作れるようになってきたところよ。
焼くのはまだちょっと苦手だけれど……
でもケーキデコレーションだって練習中なんだから!
第二に、もう一つ取り組んでいる『味見』の習得もあるわ。
あなたから頂いたポーションを持って帰った時にピンと来たのよ。
調理のマスター認定試験を受けるついでに味見も受けてきたんだけど、何も準備していないのにノービスクラスには合格したんだから。
もしかしたら私、味見の才能があるかもしれないでしょ?
そして最大の理由はシェルリ、あなたの存在よ!
せっかくあなたみたいな気の合う友達が出来たんだからここを離れたくない。
この街って住み心地はいいけど、年配の方が多くて同じ世代のこがあまりいないところが残念だったのよね。
お酒をそれほど飲むわけじゃないけど、バーでくだらないおしゃべりするのは確かに憧れる。
ヴェスパーには大きなバーがあっていつもにぎわっているらしいけど、そんなことはここを離れる決め手にならないわ!決してならないわ!」
もしかしてヴェスパーへ行きたい気持ちが多少はあるのかも、と思いつつ、行きたくない理由についても理解はできた。
何より私の存在を、この街を離れたくない理由として挙げてくれたことは、とても嬉しくてなんだかむず痒くなる。
かといって父親が決めてきた縁談を断ることが出来るのだろうか。
もちろん世の中には娘の意思を尊重してくれる親もいるだろうが、そんな考えの持ち主であれば当人の同意を得ないままに縁組を決めてくるはずもない。
ベリーはパン職人として一人前になりたいと願い、日々修行を頑張っているほど意志の強い女性だ。
自分の意思確認をせずに相手を決められたことに対し、強い憤りを感じているのかもしれない。
そのせいもあって、いつもよりさらに話が止まらないのだろう。
今まで随分悩み我慢して溜めこんでいたのだろう。
ベリーは、まるで冒険者を見つけたモンバットのように興奮しながら話し続ける。
父親の事、母親の事、修行の事、子供の頃の事、夢の事、初恋の事……
いつの間にか辺りはすっかり暗くなっていた。
「今日は話を聞いてくれてありがとう。
なんだかすっきりしちゃった。
これでもう大丈夫、踏ん切りがついたわ。
実はね、明日の朝にはヴェスパーへ行くんだけど、それは随分前から決まってたのよ。
なのにあなたになかなか言いだせなくて……
お別れの前に思い切って話せて良かった」
「え、そんな突然、ベリー?嘘でしょ?
明朝って……もうあと何時間もないじゃないの」
「ええ、でも仕方がないのよ。
特に重要な予定もないし、いたって健康なんだから。
急に病気にでもならなければ予定は変えられないわよ。
それにこの世からいなくなってしまうわけじゃないし、ムーンゲート使えばそんなに遠くないもの。
会おうと思えばいつでも会えるわ」
「それはそうだけど……
あなたはそれでいいの?
私はそのことだけが気になるのよ」
結婚してムーングロウを離れることになる、それも大変なことだ。
しかしそれよりも、一流のパン職人はともかく、プレグスター、つまり毒見役を目指す夢は絶たれるだろう。
「私だってあれこれ諦めなきゃいけないことは悔しいのよ?
でも小さい頃にはもう決められていたんだから今更どうにもできないわ。
それに、少し前のことだけど、毒見用のパンを食べて病気になろうとしたところを父さんに見つかってさ。
味見の修行道具は全部取り上げられてしまったしね」
「ちょっとベリー、あなたったら!そんな無茶なことを……」
とは言っても味見の修行に用いる毒食品は、エキスパートクラスならそれほど強くない毒を少量使っているだけなので、食べたからと言っても命にかかわることはないだろう。
マスタークラスまで進んでいたらどうなっていたかわからないが……
「無茶でもなんでもないわ!
ヴェスパーのパン屋さんの息子さんは寡黙だけどいかにもいい人そうだし、街は水路を繋いだ小島が点在していておしゃれだし、にぎわっているバーもあるし、宝石店や美術館まであるわ。
ムーングロウはもちろん大好きな街だけど、他の街に住むのも悪いものじゃないだろうし、新たな場所で新たな体験をすることで得られる幸せもあるとは思ってるの。
でもそれは夢や目標と引き換えに得られるのかしら?
シェルリはどう思う?」
「それは……
私には難しすぎる質問よ」
私は自分と異なる境遇や生活を送っている者に助言できるような人間ではない、と喉まで出かかったが、なんとか押しとどめる。
そう、私は彼女とは違い普通の人間ではないのだから。
たくらみ
今までの話しっぷりから言って、ベリーはそう悪い話でもないと思っている節がある。
かといって今までの努力が、全てでないにせよ無駄になる、捨て去ることになるということに納得しきれていないのだろう。
おそらく、ヴェスパーのパン屋へお嫁に行くことが嫌なわけではなさそうだ。
きっとまだ行きたくない、そして決められていくのは嫌なのだろう。
しかし本人とご両親、両方の要求を満たす答えなんて、こんな未熟な二人が考え付くはずもない。
少なくとも私はそう考えていた。
その矢先……
腕を組んで黙っていたベリーが一人頷いた。
その瞳は輝き、いい案を思いついたと言わんばかりだ。
「うんうん、そうよね、こういうのは自分で答えを見つけないとね。
かといって出した答えの通りに歩めるとは限らないんだけど……
そこで聞きたいんだけど、シェルリあなた!毒塗りはどのくらい出来るようになったの?
作る方はきっともうだいぶいい腕前よね?」
「えっ、なんでそのことを知ってるの!?
私はあなたの前で毒薬を作ったり毒塗ったりしたことは無いはずなのに」
「やっぱりね、ちょっとカマかけたのよ。
秘密にしてたみたいなのにごめんね。
でもそのこと自体は私気にしないわ。
人それぞれ事情があるし目指す道も違う。
だから詮索するつもりはないのよ?
でも小さい街だから、良く売れてる秘薬の種類とかで、ね。
私が耳にしたのは噂話みたいなものよ」
私は返す言葉もなく立ち尽くしていた。
まさか毒塗り修行のことを知られていたなんて…
しばらくの間、いやほんの少しかもしれない沈黙の後、私は重い口を開いた。
「まあそうよね。
毎日同じ場所で同じことしていれば誰にだっていずれ知られることかもしれない。
ただこれだけは信じてちょうだい。
私が目指しているのは暗殺者なんて物騒なものじゃないの。
毒を塗ったナイフ一本でドラゴンでさえも倒す、そんな冒険者を目指しているのよ」
「まあ!そうだったの!
だからのんきできままな生産者って雰囲気じゃなかったわけか。
でも冒険者を目指しているなんてすごいわね!
怖くは無いの?私はダンジョンへ入るなんてとても考えられない!」
「そりゃ怖くないわけじゃない。
でも一攫千金を狙うなら多少の危険は承知の上よ。
私、お金を貯めたら小さくていいから自分の家が欲しいの」
「家かぁ、私にはちょっと重荷になってるものだけど、自分のってところには共感できるわ。
自分の力で手に入れたものってきっとすごく素敵なものになると思うの。
家や仕事や船でもなんでもね。
伴侶だってそうよ!きっとそうに違いない。
自分で選んだ相手のところへなら喜んで嫁いでいけると思うわ!」
ベリーは大分興奮しているようすだ。
しかし毒塗りとの関係性はいまだわからないままである。
いったい彼女は何をたくらんでいるのだろう。
「だからね、いいこと?シェルリ。
私に毒入りのパンを作ってちょうだい。
しかもとびっきり強烈なやつを頼むわ。
私は父さんの前でそれを使って脅しをかけるの。
お嫁に行かせないで!好きなようにさせて!ってね。
そうすればきっと諦めてくれるんじゃないかしら!」
「そんな簡単にうまくいくかしら?
それに一歩間違えたら……あなた、死んでしまうわよ?」
「そうならないように解毒剤を一緒に作ってよ。
うんうん、これで明日ヴェスパー行かなくて済むわ!」
不安がないわけじゃないが、それよりも彼女を引き留めておけるとの思いが私の判断を誤らせたのだろう。
二つ返事で引き受けるとさっそく準備に取り掛かった
「よし、わかったわ。
すぐ作るから少し待っててちょうだい」
私はすぐに一番強い毒を作り、彼女の持っていたパンに毒を仕込んだ。
続いて解毒薬を作って手渡す。
「いいこと?
無理してはだめよ?
毒は身体に回り始めてから数秒ごとにあなたの体力を奪っていくの。
それは一番強い毒だから、あなたの場合はそうね…
三回、いや二回目でも危ないかもしれないわ。
だから最初に体の力が抜けたらすぐに解毒剤を用意して、二度目が来たら迷わず飲んでちょうだい」
「わかったわ。
二回目の眩暈はもう危険信号ってことね。
心してかかるから健闘を祈ってて!」
あたりはもうすっかり暗くなっている。
今日がムーングロウで過ごす最後の日だからゆっくり遊んできていいと言われていたとしても、さすがにどこにいるかわからないのでは、ベリーのご両親が心配しているかもしれない。
こうして準備が整い、ご機嫌になったベリーは私の手を引いて自宅のそばまでやってきた。
単調で退屈な毎日を送ってきた私たちにとって、それはそれは素晴らしい冒険のようなたくらみである。
「じゃあ行ってくるわね。
あなたにも良く見えるように玄関先でやることにするわ。
うまくやるから応援してよ?」
「もちろんよ。
でもくれぐれも……」
「無理はしないように、でしょ。
大丈夫よ、信じて待ってて」
ベリーは確信に満ちた笑顔でそう言い残し玄関に向かっていく。
私は降ってわいたようなこの企みに胸が躍っているのを感じていた。
ただ同時にほんの少しだけ不安な気持ちもあったが、それは高揚の中にかき消されてしまった。
パン屋の玄関先にはベリーの父親らしき男性が立っている。
娘の帰りが遅いのを心配しての事か、それとも明日の朝には嫁入りでヴェスパーへ行ってしまうのだから準備があってやきもきしてるのかもしれない。
ベリーは父親に向かって駈け出して行った。
私は建物の陰で身を隠しながら、こういうときにも潜伏スキルは役に立つんだなと一人ほくそ笑んだ。
「父さん!
遅くなってごめんなさい」
「おかえり、ベリー、遅かったじゃないか。
まあいい、気持ちの整理はついたのか?」
「ええ、もう大丈夫よ。
覚悟を決めたわ。
だってアレコレと悩みこむのは私の性に合わないでしょ?
それにどこへいったってパン屋であることに変わりはないんだもの。
とは言って、うちにいたらパン職人じゃなくてマフィン職人になってしまうかもしれないけどね。
もしくは生地職人かしら。
でももしかしたら違う道もあるんじゃないかなって、今でもまだ考えるわ」
「何を言ってるんだ。
先方さんはお前のマフィンは絶品だと褒めてくれているんだぞ?
同じ蜂蜜を使っても同じマフィンはできないとな。
きっと大人気の名物になってお前も幸せになれるさ」
「幸せねえ……
それは相手の方とそのご両親、あと父さんたちの幸せではないの?
私が望んでいない未来なのにそれが私の幸せなのかしら?」
「また馬鹿なことを。
今はそう思っていても、遠くない将来にはあのとき言うとおりにしてよかったと思うだろう。
こんないい縁談はそうそうないぞ?」
「それはわかってるわ。
私だってもう子供じゃないんだから。
そう、子供じゃない……だからこそ自分で考えることだって出来るんだわ。
もし自分で考える力がなければ、こんなに頭を悩ませることなんてなかった。
なにも考えずにお嫁に行って、毎日毎日来る日も来る日もマフィンを焼き続けていたかもしれない。
でも私はヘッドレスでもスケルトンでもないのよ?
ちゃんと自分の頭で考えて生きているんだから!」
なんだかベリーが興奮してきているように感じるが大丈夫だろうか。
それとも演技なのかもしれない。
そして……声を荒げているベリーの手が腰のバッグに伸びていく。
「なんだね、そんなに興奮して。
気持ちの整理をしておいでと、今日は朝から休みにしたのだよ?
毎日同じ我儘ばかり言ってないでいい加減に……
おい、ベリー、それはなんだ!?
まさか……!
どこからそんな!やめなさい!」
「ごめんね、父さん。
でも私どうしても納得できないの。
だから今度こそ覚悟を決めたわ」
そう言って彼女はあのパンを、猛毒の入ったパンをしっかりと見つめ、そして……
「うっ……」
味見なんてものじゃない。
彼女は一口、そしてもう一口とパンにかじりつき、ためらいもなく飲みこんだ。
ベリーはその場に立ちつくしたままだが、その顔色はどんどん緑色になっていく。
「ベリー!!
おお、なんてことを……
母さん!母さん!毒消しを持ってきておくれ!」
「と……う……さ、ん……ご、ご……めん……ね……」
ベリーの父親が慌てて店の中へ走っていった。
よし!今よベリー!
次に毒の効果が来るか来ないかのうちに解毒剤を飲むのよ!
私は心の中で叫んだ。
しかし……
二度目に毒の効果が表れたところでベリーは倒れ込んでしまった。
まさか!?そんな馬鹿な!?
私はあわててベリーの元へ駆け寄ろうとしたが、それよりも先に彼女の両親が戻ってきてしまった。
父親が慌てて解毒剤を飲ませているがベリーの体はぐったりとして動かない。
まさか、まさか……
「ダメだ……死んでいる……」
「そ、そんな!ベリー!!!」
二人とも嘆き立ち尽くしている。
私の足はガクガクと震え、事の重大さをすぐさま受け入れられず、頭の中を整理することができないでいた。
大変なことをしてしまった……ああ、ベリー……
身を隠していても、心臓の鼓動が誰かに聞こえてしまうのではないかと気が気ではない。
どうしよう、どうすればいいだろう……
もう立っていることもできないくらい平常でいられなくなった私は、隠れたままその場へへたり込んでしまった。
逃亡
やってしまった……まさかこんなことになるなんて……
パン屋の娘であるベリーは冒険者としてこの世界へ来たわけではない。
元々この世界に住んでいる人たちには、猛毒に耐えるだけの体力なんてないのかもしれない。
ああ、私はどうしてこんなとんでもない事をしてしまったのだろう。
しかし、声を殺しながら泣き崩れていた私は、なにやら様子がおかしいことに気が付いた。
ベリーが倒れた瞬間に悲壮な声を上げていたご両親だったが、店の前はそれっきり静かになっている。
建物の陰からそっと顔を出して様子をうかがってみる。
するとベリーの父親が母親に何か言ったあと、頷いた母親が街の南へ駈け出していった。
残った父親は無言で腕を組み、ベリーの亡骸を前にして静かに立っている。
そのたたずまいは落ち着いていて、先ほどのような悲壮感は感じられない。
しばらく……どれくらいの時間だっただろう。
数分か十数分か、それとももっと長い時間が経っていたかもしれない。
母親が誰かと一緒に戻ってきた。
一人は魔法使い?いや雰囲気からするとヒーラーのようだ。
もう一人はこぎれいな格好をしていて銀行員にも見えるが、正確な職業は見当もつかない。
「おお、早く来てくれて助かりました。
まだ骨にもなっていないので余裕はありますが、心配なことには変わりありませんからな
ベリー?ベリーよ、近くにいるのだろ?
ヒーラーさんのところに来なさい」
一体どういうこと!?
なぜ死んだ人間に話しかけているの!?
まさか彼女は、ベリーは生き返ることができるの!?
当たり前の事だけど、この世の原則、死んだ者が生き返るなんてことはない。
一部の例外を除いては……
しばらくするとヒーラーが蘇生魔法を唱え始めた。
するとまさかのまさか、灰色のローブを着たベリーが、バツ悪そうにうつむき加減で立っていた。
「いいかいベリー?
自分の志を通そうとする姿勢は立派だ。
しかしやりかたは選ばないといけない、それくらいわかるだろう?
母さんを見てみなさい。
驚きすぎて声も出なくなってしまったじゃないか」
「あなた、もう大丈夫よ。
まったくこの子ったら……
きっと月が三つになるよりも驚いたわ。
ねえベリー?あなたの不安もわからなくはない。
でもあなたの幸せを願っての事なのよ?
それとも本当の親ではないから信用できないのかしら?」
本当の親ではない!
つまりベリーはパン屋の本当の娘ではなかった!
ということはやっぱりそうなんだ!
この世界『ブリタニア』には、よその世界からきた者、つまり私みたいに一攫千金を夢見る者や、刺激的な冒険をしたい者、栄誉を得たい者など理由は様々だけど大勢のよそ者がやってくる。
その者達は生物の原理原則に囚われないことが多々あり、その一つが死んでも生き返れるということだ。
それに元々住んでいる人たちよりもはるかに貪欲で身体も心もたくましく、鍛え抜くことで強大なモンスターでさえも倒す者もいるほどである。
そして、どういう理由なのかはわからないが、ベリーはパン職人になるという道を選んだのだろう。
しかも現地夫婦の娘として!
「何言ってるの!母さん!
二人とも私の本当の両親よ!
確かに私は少し変わったところがあるし、小さい頃の事なんて覚えてないことばかりだわ。
かと言って、父さんと母さんを本当の両親じゃないなんて……一度だって考えたことないんだから!」
「ベリー……」
「あなたって子は……
だったらこんな馬鹿な真似しないで言われた通りお嫁に行きなさい!
素直に言うこと聞いたら今日の事は許してあげるわよ?」
「そ、そんなああ。
ちょっと母さん、その交換条件はひどくない?
確かにちょっとやりすぎたかもしれないけど、すぐに解毒剤を飲むつもりだったのよ?
そうよ、さっきの事は事故、事故なんだからね。
だから許してよ、お願い!」
「いいや、駄目だな。
今日という今日はみっちりと説教してやる。
さあ、早く家に入るんだ。
いいな母さん、止めるんじゃないぞ?」
なんだかよくわからない展開になってきたけど、本当にベリーは大丈夫だろうか。
ご両親があの様子だと初めてではなさそうだけど、なんといっても私のせいで人が死んだなんて思い出したくもない出来事である。
大体ベリーが初めてじゃないとしても私は初めての経験だし、今もまだ胸がドキドキしているくらいだ。
しかしそんな私も気持ちとは無関係に事態は進んでいく。
父親に促されたベリーは、少しだけこちらを気にした素振りは見せたが、なにも言えずに家の中へ入っていく。
その時、母親が連れてきた二人のうち、ヒーラーではないほうの男性がぶっきらぼうに口を開いた。
「あのねご両親、取り込み中悪いんだけど検死の結果が出ましたよ?
パンに仕込まれていた毒は最高レベルの致死毒ですな。
毒仕込の使い手は……名は『シェルリ』性別は女、住所不定といったところか。
あ、とりあえず殺人報告は出しておきましたんで、そちらさんでは何もしなくていいですよ」
『さ、殺人報告!?
それって私が殺人者になってしまったってこと!?
そうか!あの人は検死官だったのだ。
これは大変!いつまでもここにいられない、ガードの来ない場所まで逃げなきゃ!!』
私は大声で叫びたいところをぐっとこらえて、ゆっくりと、しかし静かに駈け出す。
結局、パン屋の裏手から港の前を通ってから柵を飛び越え、大慌てで逃げることになってしまった。
背後ではヴェスパーへは行きたくないと叫ぶベリーの声が小さく聞こえている。
そしてこれが、私とベリーの別れの日となってしまったのだった。
評判
数日前の事だ。
私は知り合いからの差し入れでパンをいただいた。
話によると最近評判になっている人気のパン屋があるらしい。
「まあパンはそんなにうまくないんだがな、このマフィンは絶品だぜ?
こいつにゃ、甘いものなんて女子供の食うものだ!なんて言うような海の荒くれどもだって涎を垂らしちまう。
現に毎日売り切ればかりだったが、タイミングよく焼きたてに出会えてようやく買えたのさ。
いつも世話になってるからな、遠慮なくやってくれ」
「あら、ご親切にありがとう。
そんな評判のパン屋さんが出来たなんて全然知らなかった。
ブリテインのどの辺りなの?」
「いや、ブリじゃねえよ、ムングロさ。
代替わりだか居抜きだかまでは知らねえがな。
ここ何年かの大変動でどこの街の店も大変だからなぁ。
あまり詮索するのも悪いと思ってな、買うもん買ってすぐ帰ってきちまったわ」
『ムーングロウ……』
その後はもう何を話したか覚えていなかった。
おそらく気の無い返事をしながら話を適当に終わらせたのだろう。
思いがけず耳にすることになったパン屋とムーングロウという二つの語句。
それを聞いた瞬間、私の頭の中には昔の出来事が巡り、駆け回っていたのだから。
スープとパン
今晩は大分遅くなってからの夕食となった。
なんとなく、久しぶりに豆のスープが飲みたくなって、わざわざ買いに行っていたのだ。
本当はムーングロウのあの宿屋で、動物の匂いに悩まされながらとも思ったけれど、あの話を聞いたばかりではそうもいかない。
持ち帰ってきたスープを温め直してボウルへ注ぐ。
普段はあまり使っていない木のお皿をテーブルに出してから、昼間頂いたパンとマフィンを乗せた。
「まあこんなとこかな。
木のスプーンがあるともっとそれらしくなるんだけど、どこへしまったっけ」
知らず知らずのうちに独り言が出ていたがそんなことはどうでも良かった。
それよりも目の前に並べたパン、それだけが私の視線を釘づけにしている。
まずはスープを一口、うん、おいしい。
裏ごしなんてしていない荒っぽい作りだけど、かえって豆の食感を感じられるから私は好きだ。
これは決して懐かしさだけでそう思っているのではない、はず。
スープがのどを通り抜けた後、必要もないのに大きな深呼吸をしてからパンを手に取った。
そして、手でちぎったりせずにそのままかじりついた。
なんといっても『ちぎらずにガブッと噛みつくのがムーングロウ流』なのだから。
一口かじってみたがどうにも噛み切れないしバサバサだ。
なんとか飲みこんでからもう一度かじりつく。
私がこの世界に来てからもう随分と長い年月が経っているので、色々な街で色々なものを食べてきたし、パンなんてもう何種類食べたか覚えていない。
それだけに、このパンがどれくらいの出来なのかきちんと評価できる。
「そうね、このパン、まったくもっておいしくないわ。
この広いブリタニアに、こんなにおいしくないパンを売っている店があるなんて驚きよ」
また独り言だ。
でもそんなことよりももっと重要なことがある。
「なんなの?なんなのよ、このパンったら……
なんでおいしくもないのに涙が出てくるのかしら。
ホントおかしいわね、笑っちゃうわ。
うふふ、マフィンはこんなにおいしいのに。
なんでこんなに違うのよ。
ふふ、どうしたらこうなるわけ?あはは」
私は止まらない涙を拭きもせず、部屋で一人笑いながらパンにかじりついていた。
同罪
それからは、日々ムーングロウのパン屋が気になって仕方なかった。
まず間違いない、ベリーがヴェスパーから戻ってきている。
理由はわからないけどそれは確かだと確信していた。
場所は以前と同じだろうか。
ご両親に何かあったのだろうか。
そして……
わたしの事を恨んでいるのではないだろうか。
あの『事件』でこっぴどく叱られ、きっと反論もできずにヴェスパーへ行かされたに違いない。
実際のところはどうかわからないが、お父様のあの剣幕ではその後の想像もつくというものだ。
長い月日を経て、私は錬金術も毒塗りも最高位まで習得出来ているし、なんなら魔法だってすべての呪文を使えるようになっている。
バッグの中からルーンブックを取りだし、ムーングロウのページを開いてみてはまた閉じる、そんなことを何日も続けていた。
好きな時に好きな場所までひとっ飛びできるだけの力は備えているのだから、他に必要なのは決断力だけだ。
しかしあと一歩が踏み切れない……
あの頃の想い出を振り返りながらまた考えてみる。
よくよく考えたら、毒パンで父親を脅かそうと言い出したのはベリーのほうだ。
私はただ毒を仕込んだだけに過ぎない。
確かに言われるがままに毒を塗ったのは愚かだったかもしれないし、自分でも楽しんでいた節はある。
でもそのおかげで殺人者になってしまいムーングロウを逃げるように飛び出すことになってしまった。
別にベリーのせいだと言うつもりはないけれど、かといって私が引け目を感じることでもないような気がしてきた。
いやそうだ、私だけが悪いわけじゃなかった。
あの出来事は若気の至り、そう、二人同罪の悪ふざけだったのだ!
そう考えると気持ちは大分安らいできた。
今まで悩み続けていたのは何だったのかが不思議なくらい、胸のつかえがとれたように感じる。
明日の朝にでもさっそくムーングロウへ出かけてみよう。
ベリー
何年ぶりだろう、ここを訪れるのは。
彼女は私の事を覚えているだろうか。
いくら昔の事とは言え、あの楽しかった日々のこと、お互い苦労していた修業時代のこと。
そしてあの事件の事を……
葛藤と苦悩の日々は昨日までの過去に置いてきたはず。
それでも私はまだ、あの店の扉を押すことができずにいた。
さっきの独り言に気が付いて店内から出てきたのは、ほぼ間違いなくベリーだ。
マフィンような甘くてやさしい声、あの頃毎日耳にしていたのだから間違えるはずがない。
今度こそ勇気を出してドアを開けて中へ入ろう!
「よし、次のお客さんが帰ったら入れ替わりで行くわよ……」
「そうよ、勇気を出して!
きっと中ではベリーが温かいスープを用意して待ってるわ」
「えっ!?」
「シェルリ!変わってないわね!
何年振りかしら!
服装は少し変わって魔法使いみたいだわ。
でもそのウィザードハットも良く似合ってるわね。
もしかしてみたい、ではなくて本物の魔法使いになったの?
それにその髪の色、昔より少し明るくなってるみたいだけどわざわざ染めてるの?
もしかして若作りしてるとか?まさかね、あははは」
「ちょっとまって、ベリー?あなたベリーなの!?
いいえ、、その声、その話し方、霊性の森から飛び出してくるピクシーみたいな言葉の数々……
そんなのベリーの他にはそうそういやしないわ!。
まったく、パンはちっとも膨らまないのに、おしゃべりだけは今でも膨らみっぱなしなのね!」
本当に何年ぶりの再会なのかと思うくらい、二人とも遠慮せずに言いたいことを言い合っている。
あの頃はお互い忙しかったこともあって、毎日ほんの少しの会話で済ますことが多かった。
長々と話し込んだのって、実は最後の夜くらいではないだろうか。
それなのに今は……
溜めこんでいたお互いに対する思いを吐き出すのは後回しで、くだらない日常的な会話に夢中だ。
でも、たわいもないことを話せる相手なんてそうそう居ないのも事実だろう。
「いけない、こんなところでずっとしゃべっていたら、時間がいくらあっても足りないわ。
お店へ戻って主人に伝えないとね。
それに、久しぶりにしゃべり過ぎてのどが渇いて仕方ないわ。
あなたはどう?お酒は飲むの?ヴェスパーから持って来たワインやはちみつ入りのリキュールもあるわよ?」
私はそれを聞きながらバッグから小瓶を出し、しゃべり過ぎて息を上げかけているベリーへ差し出した。
彼女は水の入った小瓶を、まるで昨日も受け取っていたかのように手に取り一気に飲み干す。
私はその姿を見て、あの事件は何年も前の出来事ではなく、ついさっき起きたことなんじゃないかと錯覚しそうになる。
「はあ、ホント変わらない、あの時のまま。
優しい声、甘いしゃべり方、そして……」
「そしてってなあに?
もったいぶるなんてらしくないわね」
「うふふ、それはね、あのパサパサのパンも変わってなかったってこと!」
「あら、これはしてやられたわね、あはははー。
今日はわざわざ来てくれたんだもの、時間はあるんでしょう?
主人にも紹介したいしゆっくりしていってよね。
いやまって、きっと夕飯の時間くらいでは足りないわ。
ぜひ泊まっていってちょうだい。
だって何年振り!?
話したいことが沢山あるんだもの。
きっとナイトサイトが三度切れてもまだしゃべり続けてる自信があるわ!
あー、もうこうしちゃいられない。
今日は店じまい、片付けは主人にやってもらえばいいわ。
さ、こっちへ来て中へ入ってよ」
まるでメテオのように降り注ぐベリーの言葉に、いつのまにか涙が頬を伝っていた。
もちろん悲しいなんてことはなく、喜びと笑いが入り混じった幸せの涙だ。
あの痛ましい事故の後どうしていたのか、そんなことは後でゆっくり聞けばいい。
今はとにかくこの再会を喜ぼう。
今晩は素晴らしい夜になるだろう。
二人の友情が、あの日から何も変わっていないことを再確認できるのだから。
あとがき
思っていたよりもかなり長くなりましたが、まずは最後までお読みくださった方に感謝申し上げます。
この話の中には少しだけ体験談が含まれています。
でもほんの少しだけなので、事実に基づいたお話と言うわけではありませんが。
登場人物のシェルリはあたしのメインキャラであるネオンがモチーフですが、名前はネズミのシェリーをもじって付けました。
でもシェルリはキー入力が打ちにくかったので、もっと他の名前にすれば良かったなぁ・・・
ネオンがブリタニアで始めて取り組んだスキルがアルケミーで、それと並行しながら上げていたのが毒でした。
アルケミーは単純にカッコいいと感じたから、毒スキルは、ジオシティー閉鎖と共に無くなってしまいました『素晴らしき毒の世界』というサイト様に感化されまして上げることにしました。
当時はまだ毒入れからのハイドでモンスターを倒すことが出来たので、当時結構恐ろしかったOLやドラゴンを倒しにデスパやデスタへ出かけて行ったものです。
ちなみに、今は毒ダメージを入れると自分の姿が出ちゃいますから、毒殺はできなくなりましてとても残念です。
昔話ばかりでアレですが、スキル上げが大変な代表の一つが毒でしたね。
しかもGMまで上げたからと言って特にすごいメリットがあるわけでもないですし・・・
でもまあ大変だった分思入れも強く、今回の小説に取り入れることにしました。
そして同じ毒がらみですが、毒を仕込んだパンでのプレイヤー毒殺も体験をもとにしています。
これは本当にいたずら心からですけど、毒上げばかりしていて退屈なので街中に毒パンを置いたことがあります。
その場所が、今回の舞台となっているムーングロウのパン屋『Mage's Bread』の前でした。
どの街も今より人通りが多かったこともあって、置いておいた毒パンはすぐに拾われました。
拾った方は無警戒で?食べたようで毒状態になったんですが、驚いたのはその後の行動です。
あたしは近寄って解毒しようとしたんですけど、その方は走って逃げていったあと自分で自分に魔法を撃ったか、近くの動物へ襲いかかったか忘れましたが、まあ要は自分で死を選んだんです。
あっけにとられたところで目に入ったのは、殺人報告をされたというメッセージ。
あんまりシステム的なことに詳しいわけでもなかったので、大慌てでガード圏外へ逃げていき身を隠しました。
後にも先にも青ネームを殺して殺人カウントを貰ったのはこれ一度きりでしたねぇ。
ちなみにPKを返り討ち?にしたのは2回ありますが、一回は一部ガード圏内がある、マーブル島からT2Aの5番へ抜けていく道。
もう一度は、同じように圏内隣接の自宅で襲われたときです。
二度ともPKを倒したのは、ブリタニア最強と名高いガード様ですが。。。
脱線しましたが、トランメルルール下でも毒食品を使ってのPK行為と、被害者側からの殺人報告は可能なので皆さまお気を付けください。
またまたちなみにですが、記憶違いだといけないのでちゃんと確認しておきました。。。
PKされたことがある方はご存知だと思いますが、キルされるとこんな画面が出てきます。
あたしは相手が赤キャラの時は喜ばせるだけかなと思って報告してません。
青キャラの時は報告して、早く赤くなってしまえーと願ってますけどね。
そして殺人者側にはこんなシステムメッセージが流れます。
今回、挿絵の撮影のために用意したベリーさんに犠牲になってもらい><検証の意味で報告して確認しましたが、やっぱり心臓によくないですね・・・
自分でやっていても結構ドキッとします。
殺人を犯した際には交通違反のようにカウントがたまっていき、カウントが消化される一定時間前に繰り返してしまうと赤ネームとなります。
今も変わっていなければ、長期カウント40時間経たないうちに5回のPKですね。
カウントの確認方法はSayコマンドを使います。
英語なら『I must consider my sins』 日本語なら『@反省』で現在のカウントがわかりますが、よいこのみんなには必要ないはず!
物語自体はまあまあざっくりと構想できてたまま
何日かかけて書いているのでどこまで書いたか、次はどうするつもりだったかとか忘れちゃったりしてね・・・・
あとは、PCとNPCが混在している世界観を使うのは初めてではないにせよ、今回はその辺りをラストのキモに持って来たので、いわゆる夢落ちのような寒さになっていないかが心配です。。。
最後に見返してみると粗もある気がしますが、まあ素人の書く娯楽小説なのでそんなもんかなと流していただけると幸いです。
文中では夜なのに挿絵は昼間だ、とかは心の目でなんとかして下さいね・・・・
ちなみに(またちなみにだ。。)瑞穂だけなのか未確認ですが、パン屋の入り口に店員さんが居座っていて、撮影が非常に手間でした><
歩かなくなってからずっとあそこでしたかね?
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もし読んでいただけたら嬉しく思いますし、感想等いただけたなら大歓喜しますので、ぜひお願いします!
過去作品は今回のように長くありませんので数分でサクッと読めちゃいますからー
もちろんいつもの記事同様、いいなと思ったら拍手を押してもらえたら幸いです。
それではあとがきですらまた長くなってきましたので、今回はこの辺でおしまいにしますね。
お読みいただきありがとうございました。