僕はとても暗い場所で産まれた。小さい頃はおひさまの存在も知らなかった。まあ今もまだ小さいままなんだけど。
そんな小さな僕でも知っていることがある。
この国にはかつて王様がいたこと、そして今はいないこと。
それが原因なのかはわからないけど、今は混沌がこの国を、この世界を包んでいるらしいことを。
~~~~~~
「だからね、私はあなたがこの国を治めるべきだと言ってるの」
「シェリー、またその話?そう簡単にいうけど評議会が黙って許すはずないわ。それに私は戦いを好まない、オルスとのんびり暮らしたいのよ」
「でもすでにこの騒乱にどっぷり浸かっているじゃない?これは運命なのよ」
「だって仕方ないじゃない。確かに自分から首を突っ込んで巻き込まれたのかもしれない。でも私たちの平穏を取り戻すには世界が平穏である必要があるわ。それに・・・」
「それに?」
「私はやられたら同じくらい、いいえ、倍以上にはやり返さないと気が済まないたちなの」
「ええ、もちろん知ってるわ。だからこそ民衆のためにあなたが立ち上がるべきなのよ!」
僕はなんだかとんでもない場面に出くわしてしまったようだ。
それは女性二人がする会話とは思えない、とても勇ましい内容だった。
この会話はいったい何を意味しているのだろう。
初めて表の世界に出てきた緊張感のせいか、汗が流れ出てくるように感じる。
それに外は思いのほか暑い。
気がついたら、いや、気が付かないうちに意識はとっても遠いところまで行ってしまったようだ。
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・ねぇ
「・・・聞こえる?おチビさん」
僕は、遠くで誰かの声が聞こえるような気がしてそちらを振り向きながら目を開いた。
そこは今まで見たことの無い明るい場所で、まっしろな何かに包まれているような眩しい空間だった。
「ああ良かった、あんな狭いところで倒れてしまっていたから心配したわ。呼吸も平常だし、どうやら問題ないみたいね」
「珍しいわね、あなたみたいな子がここへ迷い込んでくるなんて。シェリー?あなたが呼んだのかしら?」
「とんでもない!私も初めてお目にかかる子よ?どこから来たのかしら」
「じゃあただ単純に迷子なのかしら?随分とほおがすすけているわね。ということはあそこから?」
「どこから来たのかはおいおい聞くとして、それよりも私たちに出会ってしまったからにはそのまま帰すわけにはいかないわね・・・そうでしょ?ドーン」
「え?ああ、そうね、覚悟してもらおうかしら」
「僕は、僕は決して怪しいものではありません!誰にも言いませんから!命だけは・・・!」
そんな僕の懇願に耳を貸す様子は全くなく、目の前のドーンという女性は僕の首根っこをおもむろに掴んで、文字通り部屋の外へとつまみ出しにかかった。
今まで寝かせられていた部屋を出てどこへ行くのかと思ったら、またすぐ隣の部屋に入る。
いったい僕をどうすると言うのだろう。
「さあ、覚悟してもらうわよ?おとなしくしててちょうだいね」
「やめ・・・・やめて・・あぁ・・・・」
頑張って抵抗しようとしたけど力比べでは到底かないそうにない。
逆らう気持ちを早々になくした僕は、ドーンの手によって水攻めにあうのだった。
「あら、随分と男前になったじゃないの。さっきまでのすすけた顔よりはずっとステキよ」
「ええ、シェリーの言う通りだわ。見違えたわよ」
「それはどうも・・・・身体を洗うなんて初めてだったからびっくりしてしまって・・・二人とも、ありがとう」
たしかにきれいになった僕は今までとは明らかに違っていた。
色はぐっと白っぽくなったし、体から漂う匂いは "あの" どぶくささではなかった。
でもなんでこんなに優しくしてくれるんだろう。僕は思い切って聞いてみた。
「なんで・・・・僕なんかにやさしくしてくれるんですか?それにあなた達は・・・王様になるとかならないとか言ってたし、いったい何者なんです?」
「人にやさしくすることに理由はいらないわ。八徳であらわすなら慈悲の心ってところかしら。別に憐れんだり蔑んだりしているわけではないのだけど、気に障ったならごめんなさいね」
「いいえ、そんな!すごくうれしかったです。汚い僕に普通に接してくれる人がいるなんて思ってなかったし・・・」
「いいこと?きれいか汚いかは外見で決まるわけじゃないわ。心の中身で決まるものなのよ。私だって外見はごく普通のネズミだけど、心は誰よりも清らかで正義を胸に秘めているつもりよ」
「そうそう、あの憎きバーチューベインだって着ている物は煌びやかなんだしね。外見なんてその人を判断するためのほんの少しの材料にしか過ぎないわ」
言っていることが難しくてよくわからないけど、ようは外見だけで判断はしていないってことか。
「でも僕の心の中、考え方がわかっているわけではありませんよね?」
「そうよ、良くそこに気が付いたわね。だからこれからその辺りをじっくり聞かせてもらおうと思っているというわけなのよ」
ネズミのシェリーとなのった彼女?は、そういうと僕の方へにじり寄ってきたのだった。
~~~~~~
二人に詰め寄られてもそうでなくても話す内容は同じだっただろう。
でもこんなかわいい女性とすぐ近くで話ができたのだから詰め寄られて良かった。
それにドーンが出してくれた焼き菓子は香ばしくて甘くて最高だった。
「じゃあただの冒険心、いえ、自分の置かれた環境を変えたいという向上心かしら。なんにせよあちらの密偵ではないということね」
「ドーン?そうやって初めて会った子の言うことをあっさり信じていたらいつかしっぺ返しを食うわよ?少しは疑わないとだめよ」
「ご心配なく、こんな澄んだ目をしているのに疑う必要はないわ。私は誰かを信じるべきかを考える時、まず自分を信じることにしているの。ねえ・・・えっと、あなたの名前聞いてなかったわ」
「僕ですか!?名前・・・・ずっと地下でこそこそ暮らしてたし、名前なんてありません」
「ずっと一人だったなんて、ああ、なんて悲しいことなのでしょう。でも今日は素晴らしい日ね。だって名前の無いあなたに友人がいっぺんに二人も出来た記念すべき日なのだから」
ああシェリー、とても嬉しい言葉をありがとう。
それにこんな僕のことを友達だなんて・・・うれしくて涙がこぼれ落ちてしまう。
「あら泣いているの?悲しいことが起きているわけでもないのに涙がこぼれるとき、それは感動、歓喜の涙ということになるわね。感情豊かなことはとても素晴らしいことよ」
「うふふ、シェリーは相変わらず大げさよ。男の子はそう簡単に涙を見せる物じゃない、私はそう考えてしまうけどね」
このドーンという女性、本当に女性なのだろうか。
筋肉の盛り上がり方や首や腕の太さがまるで屈強な戦士のように見える。
かといって本物の戦士なんてそう何度も見たことないけれど。
それに引きかえシェリー、あなたは本当に素晴らしい女性だ。
八徳で言えば正義や誠実がピッタリだろう。
おっと、八徳を引き合いに出すなんて、さっそくドーンに影響されてしまったのかな。
「僕、泣いてなんかいません。初めて陽を見たので眩しすぎただけですから」
「あらそうだったのね。それならカーテンを引きましょう」
そういってドーンは立ち上がった。テーブルの向かい側にはシェリーがいるのみである。
僕にとって初めての友人、そして初めて憧れた女性だ。
「あの・・・名前・・・やっぱりないと困るんでしょうか?」
「そうね、あなたが名前を呼ばれたくないならなくても困らないかもしれない。でも親しい友人なら名前で呼び合いたいと思うものじゃないかしら?」
「そういうものなのですね。それじゃあ僕は・・その・・・あなたのことを・・・・」
「ええ、シェリーって呼んでいいのよ?」
その言葉を聞いた僕は、すごい速度で耳の先まで熱くなるのを感じていた。
「あらあら、二人ともいい笑顔ね。すっかり打ち解けたみたいじゃない」
「ねえドーン、彼に名前を付けてくれないかしら。このままじゃどうにも不便でしょう?」
「たしかに友人には名前が必要ね。うーん、彼にふさわしい名前・・・・友人となった今日この日、初めて陽を見て涙を流した。ということは『涙のサン』なんてどうかしら?」
「ドーン、すばらしいわ。サン、なんていい響きなのかしら。それに涙と言えば献身の徳ね」
「サン・・・献身・・・どちらも僕にはもったいないくらいだ。ありがとう、シェリー、それにドーン」
「あら?名前を付けたのは私なのになんだかおまけ扱いね。早くも献身の徳が働きだしたのかしら?」
「まあドーンったら、冷やかしはいけないわよ?」
そう言いながらもシェリーの顔は紅潮しているように見える。そしてそれはもちろん僕も同じことだったのだが。
こうして、二人の友人と自分の名前を手に入れた僕は、今まで生きていた中で最高の一日に感謝するのだった。
~~~~~~
これは、なんの偶然かわからないがブリテインの地下下水道から飛び出した僕が、ドーンの隠れ家に迷い込んで初めてあの二人に出会ったときの出来事を記したものだ。
普通の家だったならあっというまに追い出されていただろうに、まさか迷い込んだ先に人間の言葉を話すネズミがいたなんて驚きだった。
それに、僕の他にも人間の言葉を理解できるネズミがいたことも。
きっとこの出会いは運命だったのだ。
だからこそ今までもこれからも僕は初めての友人であるシェリーとドーンに尽くしていこう。
かといって小さな僕に何かができるわけでもなし。
ささやかながら、三人目の友人であるオルスとともに二人の安息の場になりたいと思う。
できることなら永遠に。
Fin.
*************
あとがき
これは、かつてブリタニアの女王だったドーンとその親友であるネズミのシェリーに出会った一匹のネズミの物語です。
まだ女王になる前、ベイン軍との戦いが始まったばかり位の時期を想定しています。
みなさまご存知の通り女王となったドーンは市民、冒険者を率いてベイン軍と戦い、そして命を落とします。
しかしこの物語の中ではまだそこまでの時間が経っていません。
そのため未来がわかるわけもなく、ネズミのサンはシェリーたちとずっと一緒にいたい、いようと誓っています。
なので結末を知っているあたしたちにとってはちょっと悲しい物語かもしれません。
でももしかしたらどこかの破片世界では、ドーン女王が生きていてベイン軍を倒した結末があったかもしれませんね。
いいえ、そうだったらいいなぁと願いを込めながら書きました。
本当はもう少し先まで書いていたんですけど、どうしてもハッピーな if にならなくて乱戦となる前の辺りで終わりとしました。
もしもドーンが生きて戦いを終えることができたならなぁと悔しさでいっぱいだった当時を忘れることができないみたい。
ということで、飛鳥文学賞という素晴らしい企画に出会い、今作を寄稿させていただきました。
このような機会をくださった飛鳥ヴェスパー首長さま、ご協力者のみなさま、そして図書カフェのラトゥールさまに深く感謝申し上げます。
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この国にはかつて王様がいたこと、そして今はいないこと。
それが原因なのかはわからないけど、今は混沌がこの国を、この世界を包んでいるらしいことを。
~~~~~~
「だからね、私はあなたがこの国を治めるべきだと言ってるの」
「シェリー、またその話?そう簡単にいうけど評議会が黙って許すはずないわ。それに私は戦いを好まない、オルスとのんびり暮らしたいのよ」
「でもすでにこの騒乱にどっぷり浸かっているじゃない?これは運命なのよ」
「だって仕方ないじゃない。確かに自分から首を突っ込んで巻き込まれたのかもしれない。でも私たちの平穏を取り戻すには世界が平穏である必要があるわ。それに・・・」
「それに?」
「私はやられたら同じくらい、いいえ、倍以上にはやり返さないと気が済まないたちなの」
「ええ、もちろん知ってるわ。だからこそ民衆のためにあなたが立ち上がるべきなのよ!」
僕はなんだかとんでもない場面に出くわしてしまったようだ。
それは女性二人がする会話とは思えない、とても勇ましい内容だった。
この会話はいったい何を意味しているのだろう。
初めて表の世界に出てきた緊張感のせいか、汗が流れ出てくるように感じる。
それに外は思いのほか暑い。
気がついたら、いや、気が付かないうちに意識はとっても遠いところまで行ってしまったようだ。
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・ねぇ
「・・・聞こえる?おチビさん」
僕は、遠くで誰かの声が聞こえるような気がしてそちらを振り向きながら目を開いた。
そこは今まで見たことの無い明るい場所で、まっしろな何かに包まれているような眩しい空間だった。
「ああ良かった、あんな狭いところで倒れてしまっていたから心配したわ。呼吸も平常だし、どうやら問題ないみたいね」
「珍しいわね、あなたみたいな子がここへ迷い込んでくるなんて。シェリー?あなたが呼んだのかしら?」
「とんでもない!私も初めてお目にかかる子よ?どこから来たのかしら」
「じゃあただ単純に迷子なのかしら?随分とほおがすすけているわね。ということはあそこから?」
「どこから来たのかはおいおい聞くとして、それよりも私たちに出会ってしまったからにはそのまま帰すわけにはいかないわね・・・そうでしょ?ドーン」
「え?ああ、そうね、覚悟してもらおうかしら」
「僕は、僕は決して怪しいものではありません!誰にも言いませんから!命だけは・・・!」
そんな僕の懇願に耳を貸す様子は全くなく、目の前のドーンという女性は僕の首根っこをおもむろに掴んで、文字通り部屋の外へとつまみ出しにかかった。
今まで寝かせられていた部屋を出てどこへ行くのかと思ったら、またすぐ隣の部屋に入る。
いったい僕をどうすると言うのだろう。
「さあ、覚悟してもらうわよ?おとなしくしててちょうだいね」
「やめ・・・・やめて・・あぁ・・・・」
頑張って抵抗しようとしたけど力比べでは到底かないそうにない。
逆らう気持ちを早々になくした僕は、ドーンの手によって水攻めにあうのだった。
「あら、随分と男前になったじゃないの。さっきまでのすすけた顔よりはずっとステキよ」
「ええ、シェリーの言う通りだわ。見違えたわよ」
「それはどうも・・・・身体を洗うなんて初めてだったからびっくりしてしまって・・・二人とも、ありがとう」
たしかにきれいになった僕は今までとは明らかに違っていた。
色はぐっと白っぽくなったし、体から漂う匂いは "あの" どぶくささではなかった。
でもなんでこんなに優しくしてくれるんだろう。僕は思い切って聞いてみた。
「なんで・・・・僕なんかにやさしくしてくれるんですか?それにあなた達は・・・王様になるとかならないとか言ってたし、いったい何者なんです?」
「人にやさしくすることに理由はいらないわ。八徳であらわすなら慈悲の心ってところかしら。別に憐れんだり蔑んだりしているわけではないのだけど、気に障ったならごめんなさいね」
「いいえ、そんな!すごくうれしかったです。汚い僕に普通に接してくれる人がいるなんて思ってなかったし・・・」
「いいこと?きれいか汚いかは外見で決まるわけじゃないわ。心の中身で決まるものなのよ。私だって外見はごく普通のネズミだけど、心は誰よりも清らかで正義を胸に秘めているつもりよ」
「そうそう、あの憎きバーチューベインだって着ている物は煌びやかなんだしね。外見なんてその人を判断するためのほんの少しの材料にしか過ぎないわ」
言っていることが難しくてよくわからないけど、ようは外見だけで判断はしていないってことか。
「でも僕の心の中、考え方がわかっているわけではありませんよね?」
「そうよ、良くそこに気が付いたわね。だからこれからその辺りをじっくり聞かせてもらおうと思っているというわけなのよ」
ネズミのシェリーとなのった彼女?は、そういうと僕の方へにじり寄ってきたのだった。
~~~~~~
二人に詰め寄られてもそうでなくても話す内容は同じだっただろう。
でもこんなかわいい女性とすぐ近くで話ができたのだから詰め寄られて良かった。
それにドーンが出してくれた焼き菓子は香ばしくて甘くて最高だった。
「じゃあただの冒険心、いえ、自分の置かれた環境を変えたいという向上心かしら。なんにせよあちらの密偵ではないということね」
「ドーン?そうやって初めて会った子の言うことをあっさり信じていたらいつかしっぺ返しを食うわよ?少しは疑わないとだめよ」
「ご心配なく、こんな澄んだ目をしているのに疑う必要はないわ。私は誰かを信じるべきかを考える時、まず自分を信じることにしているの。ねえ・・・えっと、あなたの名前聞いてなかったわ」
「僕ですか!?名前・・・・ずっと地下でこそこそ暮らしてたし、名前なんてありません」
「ずっと一人だったなんて、ああ、なんて悲しいことなのでしょう。でも今日は素晴らしい日ね。だって名前の無いあなたに友人がいっぺんに二人も出来た記念すべき日なのだから」
ああシェリー、とても嬉しい言葉をありがとう。
それにこんな僕のことを友達だなんて・・・うれしくて涙がこぼれ落ちてしまう。
「あら泣いているの?悲しいことが起きているわけでもないのに涙がこぼれるとき、それは感動、歓喜の涙ということになるわね。感情豊かなことはとても素晴らしいことよ」
「うふふ、シェリーは相変わらず大げさよ。男の子はそう簡単に涙を見せる物じゃない、私はそう考えてしまうけどね」
このドーンという女性、本当に女性なのだろうか。
筋肉の盛り上がり方や首や腕の太さがまるで屈強な戦士のように見える。
かといって本物の戦士なんてそう何度も見たことないけれど。
それに引きかえシェリー、あなたは本当に素晴らしい女性だ。
八徳で言えば正義や誠実がピッタリだろう。
おっと、八徳を引き合いに出すなんて、さっそくドーンに影響されてしまったのかな。
「僕、泣いてなんかいません。初めて陽を見たので眩しすぎただけですから」
「あらそうだったのね。それならカーテンを引きましょう」
そういってドーンは立ち上がった。テーブルの向かい側にはシェリーがいるのみである。
僕にとって初めての友人、そして初めて憧れた女性だ。
「あの・・・名前・・・やっぱりないと困るんでしょうか?」
「そうね、あなたが名前を呼ばれたくないならなくても困らないかもしれない。でも親しい友人なら名前で呼び合いたいと思うものじゃないかしら?」
「そういうものなのですね。それじゃあ僕は・・その・・・あなたのことを・・・・」
「ええ、シェリーって呼んでいいのよ?」
その言葉を聞いた僕は、すごい速度で耳の先まで熱くなるのを感じていた。
「あらあら、二人ともいい笑顔ね。すっかり打ち解けたみたいじゃない」
「ねえドーン、彼に名前を付けてくれないかしら。このままじゃどうにも不便でしょう?」
「たしかに友人には名前が必要ね。うーん、彼にふさわしい名前・・・・友人となった今日この日、初めて陽を見て涙を流した。ということは『涙のサン』なんてどうかしら?」
「ドーン、すばらしいわ。サン、なんていい響きなのかしら。それに涙と言えば献身の徳ね」
「サン・・・献身・・・どちらも僕にはもったいないくらいだ。ありがとう、シェリー、それにドーン」
「あら?名前を付けたのは私なのになんだかおまけ扱いね。早くも献身の徳が働きだしたのかしら?」
「まあドーンったら、冷やかしはいけないわよ?」
そう言いながらもシェリーの顔は紅潮しているように見える。そしてそれはもちろん僕も同じことだったのだが。
こうして、二人の友人と自分の名前を手に入れた僕は、今まで生きていた中で最高の一日に感謝するのだった。
~~~~~~
これは、なんの偶然かわからないがブリテインの地下下水道から飛び出した僕が、ドーンの隠れ家に迷い込んで初めてあの二人に出会ったときの出来事を記したものだ。
普通の家だったならあっというまに追い出されていただろうに、まさか迷い込んだ先に人間の言葉を話すネズミがいたなんて驚きだった。
それに、僕の他にも人間の言葉を理解できるネズミがいたことも。
きっとこの出会いは運命だったのだ。
だからこそ今までもこれからも僕は初めての友人であるシェリーとドーンに尽くしていこう。
かといって小さな僕に何かができるわけでもなし。
ささやかながら、三人目の友人であるオルスとともに二人の安息の場になりたいと思う。
できることなら永遠に。
Fin.
*************
あとがき
これは、かつてブリタニアの女王だったドーンとその親友であるネズミのシェリーに出会った一匹のネズミの物語です。
まだ女王になる前、ベイン軍との戦いが始まったばかり位の時期を想定しています。
みなさまご存知の通り女王となったドーンは市民、冒険者を率いてベイン軍と戦い、そして命を落とします。
しかしこの物語の中ではまだそこまでの時間が経っていません。
そのため未来がわかるわけもなく、ネズミのサンはシェリーたちとずっと一緒にいたい、いようと誓っています。
なので結末を知っているあたしたちにとってはちょっと悲しい物語かもしれません。
でももしかしたらどこかの破片世界では、ドーン女王が生きていてベイン軍を倒した結末があったかもしれませんね。
いいえ、そうだったらいいなぁと願いを込めながら書きました。
本当はもう少し先まで書いていたんですけど、どうしてもハッピーな if にならなくて乱戦となる前の辺りで終わりとしました。
もしもドーンが生きて戦いを終えることができたならなぁと悔しさでいっぱいだった当時を忘れることができないみたい。
ということで、飛鳥文学賞という素晴らしい企画に出会い、今作を寄稿させていただきました。
このような機会をくださった飛鳥ヴェスパー首長さま、ご協力者のみなさま、そして図書カフェのラトゥールさまに深く感謝申し上げます。

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